九月

1日

 ミス・メーメエとの間に何があったのか、ルーイと姫君に根掘り葉掘り聞かれ、一部始終すべて説明する羽目になった。お二人とも楽しんでいる様子を隠そうともしていなかった。せめて同情しているふりくらいはしていただいても罰は当たらないのではないかと思う。
 その話が出た後ミス・メーメエと廊下で擦れ違ったのだが、なぜか恨めしそうな目で見つめられた。もしかしてルーイや姫君が思わせぶりに笑うだけでミス・メーメエにあの話の内容を教えようとしなかったからだろうか。秘密を共有しているとでも誤解されたのだろうか。
 ……思い返せばそれもまたルーイの策略なのではないかと思えてきた。本当にあの性格だけはどうにかならないのだろうか。あいつ、私に降りかかる災難の原因はほとんどが自分だってわかってるのか?

3日

 秋の羊祭りの段取りが決定。予定通り四日後から本格的な準備を開始することが出来そうだ。姫君とミス・メーメエは今回が初参加となるが、未来の女王とその侍女では特別な役割を果たしてもらう場面も多いので、女中頭と私で午後から臨時に説明会を行った。姫君も熱心にお耳を傾けてくださったし、ミス・メーメエもしっかりと段取りを頭に叩き込んでくれたようだ。もちろん、本番には私たちの説明では不足するような事態も現れてくるだろうが、今日の様子を見る限りでは安心して共に仕事に当たれそうだ。

6日

 ルーイがろくでもないことを企んでいる時の表情で「明日お前をマッサージする役割は是非にとミス・メーメエに頼み込んでおいたので安心するように」と言ってきた。私とミス・メーメエのことを思うからこその善意だと言っていたが、あいつの真意は……いや、深くは考えるまい。考えたら負けだ。

7日

 かまどの設置、薪の用意は一日目に予定していた分を問題なく完了。
 女中頭からの報告によれば、羊毛洗浄の準備も滞りなく進んでいるとのこと。
 作業を指揮した後、明日以降の任務に備えてミス・メーメエからマッサージの施術を受けた。ミス・メーメエが緊張している様子だったのにつられたせいもあるが、昨日のルーイの言が気になってどうにも素直にリラックスすることが出来なかった。緊張を紛らわそうとマッサージのやり方について色々と口を出してしまったので、ミス・メーメエにはさぞ口うるさい人間だと思われたことだろう。
 しかし彼女の飲み込みが早いこともあり、最終的には次に施術を受ける者が羨ましく思えるほどに上達していた。口を出した甲斐があると言えなくもないのだが、そういう目的で口を出してしまったわけではないだけに、そうとも言い切れない複雑な気分だ。

10日

 本日から毛刈り用の柵作りを開始。平行して今年から羊祭りに参加する者に毛刈りの訓練を施す。ジオも来年には成人して毛を刈る側に回るので、今年はただ羊様を押さえる手伝いだけでなく、きちんと毛刈り人の仕事ぶりを見ておくようにと言っておいた。
 午後には研ぎに出していた毛刈りバサミと怪我をした羊様用の治療薬、蹄の手入れ薬が納入された。今年も素晴らしい切れ味のハサミで仕事が出来る。喜ばしいことだ。

13日

 本日は羊祭り準備の中日、狩りの日だった。良い成果が出れば冬の備蓄が豊かになる。城中の男子が気合いを入れて狩りに臨んだ。私は今日は幸運に恵まれていたようで、いつも一番の成果を上げるルーイよりも多く獲物を捕らえることが出来た。
 狩りの途中、谷間で婚礼のブーケに使われる青い花を見つけた。以前ミス・メーメエが気に入っていた様子だったのを思い出して一輪持って帰ったのだが、本人はどうやら綺麗さっぱり覚えていなかった様子。ものすごく自然に姫君への贈り物ということにされてしまった。私が姫君に花を贈ったなど、ルーイの耳に入ったら何と言われることか……。やはりすぐに誤解を解いておくべきだったか……いや、しかしあの場面で改めてこの花は貴方宛だと伝えるなど、私には無理だ。慣れないことはするべきではないということなのだろう。

14日

 羊様を洗う作業を開始。城の裏手を流れる川に羊様を連れて行き、一頭ずつ丸洗いする。今日、明日、明後日で予洗した羊様を残りの二日でもう一度丸洗いする予定だ。
 丸洗いと言っても要は水浴びだ。水に入りたがらない羊様もいれば遊びと勘違いして大暴れをする羊様もいる。毎年のことながら重労働だった。
 そういうわけで夜にはかなり疲労していたので、消灯前にミス・メーメエが持ってきてくれたハーブティーが非常にありがたかった。それに、やけににこやかなミス・メーメエの様子にも心和まされた。一昨日私が取ってしまった態度はとても褒められたものではなかったと思うのだが……。彼女の心の広さには、本当に頭が下がる。

18日

 羊様の洗浄が完了。もう何も書く気が起きない。本当に疲れた。今日は消灯も早めだったのだが、先ほど見回ったところ起きている者は一人もいなかった。やはり皆疲れているのだろう。しかし、本番は明日からだ。明日からはいよいよ羊様の毛刈りを行う。

19日

 羊様の毛刈りを行った。今年は混乱することもなくスムーズに進行している。素晴らしいことだ。
 途中、毛皮を回収しに来たミス・メーメエに羊祭りの感想を聞いた。疲れていないかと尋ねたつもりだったのだが、なぜか毛を刈り終わった羊様の可愛らしさについて力説されてしまった。今まで考えたこともなかったのだが、あれは可愛いのか……。

22日

 秋の羊祭りも昨日で終了した。後夜祭が明け方まで続いたので、本日の業務は午後からだ。私もだいぶ飲まされたので仕事が始まるまでに酔いを覚まさなくてはならない。今回が初参加のミス・メーメエもだいぶ酔っていた……というか酔わされていたようだが、大丈夫だろうか。ダンスに何曲か付き合ったが、最後の方は半分寝ているようだった。姫君は祭りの後はいつものことだから心配ないと笑っていたが……あちらの主従関係も謎だ。
 とにもかくにも、これで大きな行事が一つ終了したわけだ。一息つきたいところだが、城の補修工事もこれから本番を迎える。まだまだ気を緩めるわけにはいかない。