三月

2日

 昨日は一日中引継と調整で奔走していた。昨日の今日で体を休める暇もなかったが、最終的には役得もあったのでまあそれはいい。
 しかしミス・メーメエは昨日自分が何を口走ったのか覚えて……いないんだろうな、やっぱり。ああいうことを惚れた女性に言われて期待しない男はいないと思うのだが……今日の様子を見ると、不安だ。
 ルーイの罪滅ぼしはどうでもいいが(むしろ一生罪悪感を抱え続けていろと言いたいが)、ミス・メーメエには幸せになって欲しいし、できることならば
 いや、とりあえず今は、旅の安全のことだけ考えていよう。

10日

 かつて修行の旅で世界各地を回っていた際の知識が役に立って良かった。オーヴィス王国へ向かう道はかなりの難路だ。春先ならばともかく、最も寒さの厳しくなるこの時期に抜けるには経験がなくては厳しい。そういった状況を考えると(ルーイの真意はともかく)同行する騎士として私が選ばれたことに意味はあったと思える。

13日

 本当に危険になりそうならば諦めようと決意してはいたが、どうにか乗り切ることができた。何とか無事ミス・メーメエを故郷に送り届けることができそうでほっとしている。ただ、帰りは……メリーさん以外は雪解けまであそこを越えるのは無理だろう。ルーイには予定通り二ヶ月間キリキリ働いてもらうしかあるまい。

16日

 オーヴィス王国の首都に到着。ミス・メーメエを実家に送り届けたのだが……病気というのは誤報だったのかと思えるほどお父上はお元気でいらした。
 ミス・メーメエはお父上を怒鳴りつけた後部屋にこもってしまって出てこない。お父上を始め、ミス・メーメエの妹君たちにも挨拶をし、滞在の許可はもらったが……ムートンはともかく、私がお父上に歓迎されていないという雰囲気はひしひしと伝わってくる。それはそうだろう。自分の娘に懸想している男など家に呼びたくないと思うのは当然だ。恐らく態度に出てしまっているだろうことは自分でもわかる。それがわかっていて居座ろうとしている自分の方がむしろ大概だと思う。
 ただ、妹君たちの方は熱烈に歓迎してくれた上、入れ替わり立ち替わり話を聞きに来る。異国へ行った姉のことが心配なのだろうと思いたいが、やたらと印象ばかりを聞かれるのは……
 やはり、何か察知されているのだろう。それはそれで居心地が悪い。

19日

 ミス・メーメエは親戚回りで忙しそうだ。シェリープ王国への帰り道の状況について情報を集めつつ待機しているが、手持ち無沙汰でいけない。国王に我が国の王とルーイからの書状を渡し、挨拶を済ませたあとは何もすることがなくなってしまった。
 ムートンには羊様の素晴らしさについてこの国の人々に伝えるという役目があるが……

21日

 本日、メーメエ家のご厚意で歓迎パーティーを開いていただいた。ムートンが礼服を持っていないという理由で辞退してしまったので若干不安だったが(この国の言葉は我が国とは若干アクセント等が異なるので早口で話されると聞き取れない)、ミス・メーメエがいろいろと気を配ってくれたので何とか緊張しすぎることもなく乗り切ることができた。
 ミス・メーメエは、ずいぶん美しくなったのではないだろうか。私の彼女に対する感情が変化したことも理由だとは思うが、この年頃の女性の変化は早いものなのかもしれない。初めて見たときは見とれてしまったが、その後は余り直視できなかった。

25日

 ミス・メーメエの休暇の期限を考えると、そろそろ決断を下さねばならない。明日は難路の近くまでメリーさんを走らせ、状況を確認してこようと思う。

26日

 実際に見てきて周囲の住人からも助言を得てきたが、やはりあの道を羊車で通るのは不可能だという結論に達した。姫君も無理に帰ってこいとは言わないだろう。私の方はもともと長めにとっておいた二ヶ月の期限をめいっぱい使い切るだけのことだ。私だけ戻って後で迎えに来るという手もあるが、旅費と危険とかかる迷惑がルーイだけだということを考えると休暇延長を依頼する手紙だけ届けるのが得策だろう。
 この国に来て当時の状況が少しわかってきた。これを罪滅ぼしとして認めるつもりはないが、ルーイにはせいぜい苦労してもらおうと思う。あの馬k……隣国の王子が突然公の場で婚約解消を言い出さなければ秘密裏にいろいろもみ消すつもりだったのだろうし、あの場では他に手段がなかっただろうことはわかるが、正直なところかなり腹が立っている。姫君に言わないだけありがたいと思え。

29日

 ミス・メーメエに姫君へ当てた休暇申請の手紙を書いてもらい、メリーさんと共に雪道を越えて向こう側の信頼できる者に手紙を託して戻ってきた。姫君の性格と現在のルーイの立場からして許可が出ないということは考えられないので、手紙さえ届けば問題はないだろう。
 彼女が久々の故郷を楽しむことができれば良い。ミス・メーメエには幸せになって欲しいし、できることならこの手でその幸せを守りたい。