十一月 灰色ともこもこの月

1日 お茶会

 なんだか、今日のお茶会は疲れてしまいました。
 だってみなさん、なぜか私にばっかりお話を振ってくるのですもの。しかも話題と言えば、エレウス様のことばっかり。

 確かに最近、戸締まり前にいっしょに羊さまを追い出すのが夕方の日課になっていて、お話しする機会も増えてますけど……でもでも絶対、私より前々からここにつとめてらっしゃるみなさんの方が、エレウス様情報には詳しいと思うんです。

 ううううう。そんなにいろいろ訊かれても困ってしまいます! エレウス様のご家族のこととか、ご結婚のご予定はとか、わたくし全然まったくきれいさっぱり知らないんですもの。

 ……そう。私、エレウス様のこと、全然知らないしわかっていないのですね。
 急に自覚してしまいました。なんだか落ち込んでしまいます。
 おとといからこっち、お天気が悪いのもいけません。この季節、どうしてもお天気が悪い日が続くんだってことはわかってるんですけど……。お空がどんよりだと気分も晴れやかになりませーん!

3日 突撃インタビュー!

 思い立ったが吉日! 即断即決即実行! 落ち込んでたって仕方ナッシング!
 というわけで、本日はエレウス様に突撃インタビューを敢行いたしました!

 本当はみなさん、エレウス様に興味津々なんですよね。先日のお茶会でも、ほんとは直接聞き出したいけど近寄りがたくて聞けないんだっておっしゃってましたもの。
 ですから、なにげに女中連合(昨日結成いたしました)の中では一番エレウス様と親しいわたくしが、一肌脱ごうと決意したわけなのです。

 質問項目はとりあえず三つです。
 エレウス様のご家族のこと、ご結婚のご予定、私の国に行ってみたいかどうか。
 これ、私の決意を聞いた女中連合のみなさんが、多数決で決めてくださった質問なんですよ。

 インタビューの結果は……
 あ、今日はもう消灯ですね。それでは、また明日。

6日 インタビューの結果

 明日、と思いつつ、昨日と一昨日の自由時間は女中連合の皆さんとおしゃべりするのに忙しくて眠くて日記を開きもしませんでした。
 今日もちょっと消灯が迫ってきております。ええい、構うものか〜。書けるところまで書くぞ!

 三つの質問、エレウス様はいつもどおりの厳しい表情ながら、ちゃんとぜんぶ答えてくださいました。

 ひとつめ。ご家族のこと。

 お父様はこの国でいちばん広い領地を持つ伯爵様。お母様は降嫁された王族で、王子様の叔母にあたる方なのだとか。今はお二人とも領地にいらっしゃって、日がな一日羊さまやアヒルさまの面倒を見ながら優雅に暮らしてらっしゃるのだそうです。

 お父様は学者肌で、羊さまの生態に関する論文もお書きになっているとのこと。お母様は逆にとっても勇ましい方で、乗用羊さまを駆って野山を駆け回っているのだそうです。お若い頃から男装を貫いていらっしゃって、エレウス様に最初に剣の手ほどきをされたのもお母様なんですって!
 エレウス様のお母様、とっても格好良さそうです! ぜひお会いしてみたい!

 それから、もう嫁いでいるのですが、お姉様が一人。お城勤めの貴族に嫁いだので、私が会う機会もあるかもしれないとおっしゃってました。お父様に似ておっとりした方なんだとか。娘さんもいらっしゃって、よくお城で羊さまと遊んでいるから会ったこともあるのではないかとエレウス様。
 よくお城で遊んでいる女の子というと……お一方しか思い当たる節がないのですが。う〜ん……今度聞いてみましょう。

 残念、時間切れ。ふたつめとみっつめはまた明日ですね。

7日 インタビューの結果続き

 今日も変わったことは特になく、いつもどおりの忙しさでした。
 なのでインタビューの結果続き。

 ふたつめです。ご結婚のご予定は? という質問。
「なぜそんなことを聞く?」
 とっても不機嫌そ〜うに顔をしかめられてしまいました。
 でも、そんなことでめげていてはエレウス様に突撃インタビューなんてできません! わたくし勇気を振り絞りました! ……というより、もう慣れました。
「みなさん興味津々なんですよ。ご存じないかもしれませんけど、エレウス様はとっても人気者なんですから」
「どういう意味で人気者なのだか……」
 エレウス様は腕組みをして、ものすごくむつかしいお顔をされました。
「それで、ご予定は?」
「ない」
 ……ご予定も身もフタもありませんでした。

 みっつめ。私の国に行ってみたいか?
「それも『みなさん』が知りたがっていることなのか?」
 エレウス様の眉間のシワ、ますます深くなりました。
「ええ、そうなんです。不思議ですよね? ほかに票を集めそうな質問がいくつもあったのに」
「票?」
「はい。ご趣味は? とか、お好きな食べ物は? とか、休日の過ごし方とか、初恋の思い出とか」
 一つ並べ立てるたびに、エレウス様のお顔はますます厳しく怖くなっていきました。でももう大丈夫。エレウス様恐怖症は克服済みです。私に怖いものはありません。
「で、いかがでしょう?」
「……まあ、興味はある」
 エレウス様は最後までクールでした。

 良いところなのにな〜、我が懐かしのオーヴィス王国! ああ、なんだか里心がついてきてしまいました!

13日 女中連合大集か〜い……で質問攻め

 エレウス様突撃インタビューの結果を知りたい! と、皆さんがまたまたお茶会を開いて下さいました。

 だけど皆さん、本当はエレウス様のお答えよりも、どうしたらエレウス様と気軽にお話しできるのかに興味があるみたい。
 根掘り葉掘り聞かれたのは、どういうきっかけで仲良くなったのかとか、ふだんどんなふうにお話ししているのかとかどこでお話ししているのかとか、そんなことばっかりでした。

 それでついつい、乗せられてエレウス様恐怖症を克服した経緯についてお話する羽目に陥ってしまいました……。恥ずかしいからあんまりお話ししたくなかったんですけど。

 しかもお話を聞いた結論と来たら、みんなしてにやにや笑い合いながら、「エレウス様も災難でしたわねえ」だったんですよ! あんなに笑うことないのに!
 ……まあ、確かにエレウス様にとっては降って湧いた災難だったとは思いますけど。

 ううううう。恥ずかしい! 赤っ恥青っ恥でございます。そりゃあ顔色も赤くなったり青くなったりするってもんですよ!

20日 冬毛の羊さま

 羊さまの冬毛、もうだいぶ生えそろいました。そして今日は休日。
 なのでさっそくダイブ! 敢行です! 突撃です!

 ルッテラちゃんと待ち合わせて、お城に侵入してきた羊さまに頬ずりしたりおせなに乗せていただいたりしました。

 羊さまのおせなの上は、夏毛のときよりもさらに広くてふわっふわ。夢見心地も最高潮です。
 そんな雲の上に乗っかっているような幸せ〜な時間の中で、ルッテラちゃんがふと疑問を口にされました。
「とっても大事な質問があるの。リーニは、すきなひとはいるの?」
 ……ルッテラちゃんもお年頃なんですね。乙女仲間としては、大変に共感を覚えるご質問です。
 でも残念ながら答えはノー。わたくしの淡〜い初恋は、数年前に壊れて消えて潰えてしまったのです。

 ……そう、あの方は、姫様の誕生日のお祝いに、できたばっかりの曲を献上しにやって来た楽士の方でした。
 小柄で中性的で繊細な感じの方で、だけどいつもにこやかで人当たりが良くて優しかったのです。お声も優しげなテノールでとっても素敵でした。一目惚れでした。憧れでした。一途にラブでした。
 結婚しちゃいましたけどね!!

 あーあ、思い出してしまった……あの大事件のあとの、困り切った笑顔と「ごめんね」という優しいお声が忘れられません。あと姫様の泣きそうなお顔……

 ぬああああ! 思い出したらまたダメージが! いやんばかん! 恥ずかしい、恥ずかしいといってあれほど恥ずかしくも恐ろしい過去は恥だらけの私の人生の中でもちょっとなかなかありません!
 あーもうだめ。耐えられない。
 走ってきます!

25日 大発見! 大決意!

 この間、恥を忍んでエレウス様と仲良くなる方法についてあんなに熱弁を振るったというのに、相変わらずエレウス様の周囲は人影がまばらです。

 やっぱりお顔が怖いのが最大の原因だと思うのです。近寄る者みな分け隔てなく威嚇してたら、そりゃ人影がまばらになっちゃうのも致し方ありません。
 もっとこう、にこやかにしてみれば良いのに。

 もちろん、本人に言いましたとも。ところがエレウス様ったら、クールに
「無理だ」
 とヒトコト。

 そういえば、私もまだエレウス様が笑ったところ一回しか見たことがない気がします。

 ……確認してみました。そんな珍しいものを見たら絶対日記に書いているはずだと思って。
 やっぱり一回しか見てません! 一回しか! たったの一回しか!

 うわー、うわー、うわー! これは大発見です! 世紀の大発見です! 歴史は変わらないかもしれませんが、わたくしの個人史くらいなら書きかわっちゃうくらいの大発見です!!
 これはもう、やるしかありません! エレウス様にこにこ計画発動です!

 わたくしが気付いてしまったからには、エレウス様のクールな態度も今日が年貢の納めどきです!
 あの方の笑いのツボってよくわからないのですが、かならず見つけ出してみせますとも! 私がんばる!

30日 糸を紡ぎながら

 恋バナに花を咲かせるのは、女の子のサガ……いえ、特権でございます。
 今日の話題の中心は姫様でした。姫様と王子様がどんなふうに出会い、どんなふうに惹かれ合い、恋に落ちて婚約して結婚したのか。
 私の故郷ではけっこうな大騒ぎだったのですが、こちらにはほとんど噂は伝わってきていないみたいです。王子様……略奪愛だったんですよね、あれ。ある意味。

 王子様の「壮大にして遠大にして偉大なる求婚騒ぎ」(本人命名)のきっかけとなったのがあの楽士様だった、というお話から、なぜか私の初恋にまで話は及びました。

 ……最近みなさん私の恋愛沙汰に興味を持ちすぎだと思います! 叩いても埃しか出ませんよ! 他の人の話を聞くのは大好きだけど、自分の話をするのは嫌〜! だって恥しかないんですもん! 私が恋に落ちるとロクなことがない!

 もー、あの頃のことは思い出したくないんです! 初恋に浮かれててしかも反抗期とかもう、救いようがないじゃないですか! 若気の至りを良い思い出にできるほど年取ってないんです! 無理無理無理! 思い出したくありません! ほっといて、ほっといてー!!

 思わず仕事が終わった途端に部屋を飛び出してしまいました。

 今日も変わらず、羊さまをのっぱらに送り出していたエレウス様は、ぷりぷり怒って押し黙っているわたくしに、何もお聞きになりませんでした。
 エレウス様の沈黙、以前は苦手だったんですけど、最近は安らぎの場になりつつあるような気がしてなりません……。ていうか隣でぷりぷりしててすみません……。ほんともう、今日は反省してます。