三月 初めて里帰りした月

1日 初めての里帰り

 私の話をお聞きになった姫様は、すぐにすぐさまあっという間に長期休暇と里帰りの羊車を用意してくださいました。なんと、今日これから出発なんですよ! びっくりするほど迅速確実ああさすが姫様! わたくし姫様のような大人になりたいです! どこまでもついていきます! このリーニ、姫様のおせなを見てでっかい人間になります! ええ、なりますとも!

 御者はこの国一番の羊飼い、御自身も羊さまみたいに穏やかでにこやかなムートンさん。
 そして、護衛は結構ですとお断りしたのですが、山道は危ないからと騎士様もお一人ついてきてくださることになりました。騎士団のどなたになるかは王子様とエレウス様の調整次第ですので、出発間際までわかりません。長い道中です。仲良くできる方だと良いのですが……。
 姫様は安心なさいとおっしゃってくださいましたけど、一つのことに意識が行ってしまうとすっぱり周りが見えなくなってしまう自分の性格を鑑みるに、いろいろ不安が心配です。

 あとは、あれです。出発前にエレウス様に会えないか……ちょっと探しに行ってみようかな。調整でお忙しいのはわかってるんですけど、せめて遠くからひと目見るくらい……。これからしばらく……いえ、結構長い間会えなくなっちゃうし、距離だって遠く遠くなっちゃうんですもの。エレウス様分の補給が必要です。
 うん、そうです、わたくしエレウス様や自分の気持ちとちゃんと向き合うって決めたんですもの。探しに行きます。行ってきます!

2日 してやられた感

 わたくし、これはぜえったいに陰謀だと思うのです。だって、護衛の騎士様はエレウス様だったんですよ? ありえない、ありえない! ありえません!!
 国の筆頭騎士様がタダの単なる侍女の護衛を務める国がどこにありますか!
 確かに安心と言ってこれほど安心できる人選もございませんけども!
 でもひどいです! あんまりじゃないですか! 誰も! 姫様も! ひとことも、ひっとことも、教えてくださらなかったんですよ!? エレウス様を捜し回っていた時の白々しさしらばっくれ方、見送ってくれた皆さんの表情……これはもう、城中のみんなで結託していたとしか思えません! 私もうだれも信じられない!

 もう、もう、それはもう思い出すだけで頭に血が上りのーてんで茶が沸き地面に穴を掘ってでももぐり込みたくなるような出発式だったんです!
 結局出発前に必死こいて探し回ってもエレウス様に会うことはできなくて(今考えればエレウス様はもう羊車の準備にかかってたんだから当たり前です)、どんぞこのびんぞこでずんどこどーんな感じに落ち込んでいたところにあのサプライズ!
 エレウス様の顔を見た途端、栓がきゅぽんと抜けちゃったみたいに泣き出してしまって、思わず駆け寄ってすがりついちゃったんですよ! 大泣きでした。子どものようにわんわん泣いてしまいました。こんなに泣いたのは何年ぶりって勢いで泣いてしまいました。

 ……エレウス様、何も言わずに泣きやむまで胸を貸してくださいましたけど、さぞかしお困りになったことでしょう。お城の皆さんもにこやかに温かい目で最後まで見守ってるくらいなら止めてくれれば良いのに! っていうか見られた! 全員に見られた! 恥ずかしい、恥ずかしいー! いやーん私もう生きていけない! 嫁にも行けない!

 本日の道中は、わたくしは馬車の中でエレウス様は外で愛羊のメリーさん(こんな名前だけど牡羊さまです)に乗ってましたから、顔を合わせずにすんでいたのですが……。
 このあと日記を書き終わったら、ムートンさんとエレウス様とお宿の一階でお夕食です!
 もう気まずいったら!

 ううううう。逃げちゃダメよリーニ! ここが勝負時よリーニ!! 女は度胸よリーニ!!!
 よしっ! 行ってきます!!

13日 大雪吹雪を乗り越えて

 春も近いはずなのに、きのうおとといさきおとといと、大雪の大荒れの大吹雪でした。日記を書く余裕なんてゼロでした!
 エレウス様には進むか進まないか重大な決断を何度もおまかせしちゃいましたが、いつでも的確に状況を見てくださって、この通り無事に最大の山場は越えられたわけなのです。エレウス様、本当にすごいです。今日はどうにかぎりぎり雪の山道を越えられましたが、あと何時間という単位で通行止めになっちゃってたと思います。それなのに身の危険も感じることなく雪の山道を無事通過! これって運もあると思いますが、でもでも本当にスゴイ! 尊敬しちゃいます!

 しかし帰り道は……しっかりばっちり雪に埋もれちゃって……つまりこれは、アレです。帰れなくなっちゃいました。
 あああああ! 姫様! どっどどどどどどうしよう!
 もらった休暇が! 尽きてしまう!

 でもでもでも、とにかく今は前進あるのみです。お父様の無事を確認するのが最優先事項!
 私はもう、気がはやってあせるばかりなのですが、エレウス様は冷静に私を気遣ってくださいます。エレウス様についてきていただけて本当に良かった。本当に頼りになる方です。どんなに感謝してもし足りません!

16日 信じられない!

 お父様って、本当に本当に人騒がせなクソジジイ様です!

 ようやっと、ほんとにやっとの思いで到着した私たちを出迎えたのは、それはもうぴっかぴかのつやっつやでいつも以上に元気ハツラツなお父様でした。

 倒れたって、羽のようにかる〜く、伸びきったスパゲティの如くなまぬる〜いタダの風邪だったんですって!
 三日くらい死ぬだの死なぬだのわめき続けてさんざんみんなを心配させておいて、四日目の朝にはケロッと完治して朝っぱらから日課の寒中水泳に出かけたとか言うんだからもう、なにをかいわんや。心配して損しました! やっぱりお父様はクソジジイ様です。いつまでも世にはばかってると良いんだわ! うわーん!

 そんな有様だったものですから、わたくし顔を見た途端に大激怒してしまって、第一声で「お父様の馬鹿!」と怒鳴りつけて(元)自分の部屋に駆け込んで閉じこもってわんわん大泣きしてたものだから、それきり顔も見てません。

 もう知らない! あんな人知りません! わーん! でもお父様が無事で良かったよ〜!

 泣きすぎてとても人には見せられないような顔になっちゃったから、わたくし今日はもう意地でも部屋から出ない! こんな顔誰かに見せてたまるかー!! 私を見ないで! 見ないでください!!

17日 大誤解

 今日のお父様は、なぜか腰が低くて寂しそうでした。以前のお父様からは考えられないくらいそうっと私の部屋のドアをノックして、
「リーニ、わざわざ遠い旅路を帰ってきてくれて本当に嬉しいんだよ」
 とか、
「一緒にいらっしゃった騎士様をお前から紹介しておくれ。奴はお前の何なんだい?」
 とか、
「今夜は一緒に食事しよう」
 とか。

 ……う〜ん。ここまで下手に出られると逆に不気味です(エレウス様に対する態度はそこはかとなくぞんざいですが)。
 妹たちの話によると、私より一足先に早馬で届けられた、姫様のお手紙を読んでから様子がおかしいのだとか。
「なんかねー、リーニももうそんな年か……って遠くのお空のお母様に話しかけてらしたわ」
 と妹たち。

 ……わたくし、盛大に嫌な予感がします。絶対、ぜったい、ぜーったいにあのクソジジイ様は超巨大な大誤解をしていると思うんです!
 エレウス様逃げて! 危険がデンジャラスです!

21日 なぜか歓迎パーティー

 到着から遅れること五日。なぜか今日、歓迎パーティーが開かれることになりました。実家の広間と中庭を開放しての内輪だけのちいさなパーティーですけど、エレウス様を皆さんに紹介するという役目もありますので、わたくし精一杯おしゃれいたしました。
 こっちに置きっぱなしだった中では一番お気に入りの、ほとんど白に近いうすーいピンクのドレス。肩が出るちょっと大人っぽいデザインのドレスで、以前着た時にはいかにも背伸びしてるなーって感じで似合わなかったのですが(だからお引っ越しのときも置いていったのですが)、髪をアップにして着てみたら今はなんだかしっくり来る感じ! おおおおお、私もちょっとは成長してるのでしょうかにやにや。思わずほくそ笑んでしまいますね!
 妹たちの評価も上々。姫様にあこがれて作ってもらったドレスですが、数年越しでようやく着こなせるようになったってことでしょうかにやにや。
 そんな感じでちょっと自信をつけつつ、でもでもエレウス様の前に出て行くのには大変な勇気が必要でした。正装なんて……ちゃんと見ていただいたことないですものね。姫様の結婚式の時にはもちろん私も正装していましたけれど、あの頃はエレウス様ともそれほど懇意にはしておりませんでしたから。

 で、肝心のエレウス様の反応は。
 穴が空くほどまじまじと見て、ものすご〜く真剣な表情で「綺麗だ」とおっしゃいました。
 爆発するかと思いました。ええもう、そりゃあもう、一気に真っ赤になりましたとも。そんな台詞、言ったことはあっても言われたのは初めてですから! 力尽きる直前の蚊みたいな声で「ありがとうございます」ってお答えするのがせいいっぱいでした。
 あれです、お世辞です、お世辞に決まってるんです。ザ☆社交辞令ってやつだとは思うんです!
 わかってるんですけど、死ぬかと思いました。

 あーもう、恥ずかしい、恥ずかしいったら!
 でも嬉しいですね。なんだかふわふわしちゃうくらい、嬉しい、嬉しい、嬉しいです!

 とっても浮かれてしまいましたが、本番のパーティーでは、ちゃんと大きな失敗もせずに皆さんにエレウス様を紹介することができました。
 エレウス様、すっかり人気者でしたよ〜。だって本当はとっても素敵な方なんですもの。触れなば斬らんみたいな風情で怖い顔をしていなければ、人気者になるのは当たり前なんです! 今日はにこやか……とはさすがに申し上げられませんが、それでも眉間のシワなしで穏やかな表情でいらっしゃいましたから、皆さん話しかけやすかったみたいです。いろいろな方からエレウス様は素敵な方だねって言ってもらえて、今日は幸せ絶好調でした。故郷のみんなにエレウス様の良さをわかっていただけて、わたくしとってもとっても嬉しい! してやったりでございます!

29日 雪道帰り道

 そろそろ帰路につかないと休暇の期限が切れてしまうのですが、まだ帰り道は雪に閉ざされていて通れません。
 そこでエレウス様が、メリーさんと山道を飛び越えて追加の休暇申請を届けてくださいました。雪の山道の向こう側からは、書簡を預かった早馬さんにおまかせです。

「休暇の延長に許可が出ないということはないだろう。理由さえわかれば姫も心配されるまい。君も久々の故郷をゆっくり楽しむと良い」
 とエレウス様。

 エレウス様お一人なら雪道を越えられるのですから、私を置いて帰っても良いのでは、と思ったのですが、最後まで私を護衛することが自分の役目だとおっしゃって、頑として譲ってくださいませんでした。

 ほんとを申しますと、ちょっと、いえ、かなり、相当嬉しい。エレウス様の責任感の強さや優しさにすっかり甘えてしまっているようで……やっぱり心苦しくはあるんですけど。
 でも、たとえ家族と一緒でも、エレウス様に会えないなら私は寂しいのです。ということが、エレウス様が書簡をお届けしに行っていたここ二、三日でわかりました。

 うーん。やんなっちゃうくらい恋する乙女ですねー。