六月 最後のページの月

1日 忙しいながらも

 毎日羊さまをのっぱらに送り出しつつ、エレウス様と語り合う日課は続いております。
 結婚後もしばらくは、エレウス様は宿舎で、私も変わらずお城の中に割り当てられた部屋での生活ですが、やがて余裕ができたら城下町に小さなお家を買うのも良いねなんて話したりして。未来のこと、まだまだお互いに知らないことばっかりなお互いの過去のこと……話のタネは尽きません。

 そうそう、改めていろいろお話ししていて気付いたんですけど、私、意外とエレウス様のこと知ってます。初めて聞く話でも、ああエレウス様ならそうだろうなって思えることばっかりで。もちろん、まだまだ知らないことの方が多いですし、エレウス様のことならなんでも知りたいですけど……でも、ちょっと安心したんです。
 プロポーズをお受けしてからあまりにもとんとん拍子にお話が進んじゃってて、肝心の自分自身が置いてきぼりになってるような気がして。時々私はちゃんとエレウス様のことをわかっていて結婚するのかしらとか不安になっちゃうんです。まだ知り合ったばかりだったのに、とか。本当はエレウス様は私が思っているような方ではなくて、私はいつもの暴走大誤解をしちゃってたりするんじゃないか、とか。
 だけどそんな不安も、エレウス様と一緒にいればふわーっと飛んでいっちゃうんです。不安はただの不安に過ぎないんだってわかるんです。これってとっても素敵なことですよね!

 話は変わりますが、今日はわたくしちょっと大胆なお願いをしてしまったのです。
 髪を触らせてください、って。
 エレウス様は快く承諾してくださいました……触っている間中、がっちんごっちんに固まってらっしゃいましたけどね!
 思った通り、さらさらで指通りが良くてさわり心地は最高でした! でも、エレウス様がやたらと緊張されているものだから私も妙に緊張してしまって……どきどきいたしました。
 姫様にそのお話をしたら、「これから夫婦になろうと言うのに可愛らしいこと」と笑われてしまいました。……ひ、姫様カッコイイ。でもいったいそれはどういう了見なんですか! 意味深に微笑まれてはわたくし動悸が動悸動悸しておさまりません! あんまりおどかさないで姫様……!

4日 謎がミステリー

 どうしてそんなお話になったのかはさっぱり記憶にございませんなのですが、今日は王子様からエレウス様の寝起きについて教えていただいちゃいました。ものっすごく良いんですって。寝惚けたところなんて一度もご覧になったことがないのだとか。

 ……あれれ?

 ではではそれでは、十二月のあの閉じこめられ事件の時の寝とぼけっぷりは何だったのでしょう? あれ以来わたくしの中でエレウス様はすっかりお寝坊さん担当だったのですが……。
 う〜ん。でも確かに、いつも私たち女中連合にも負けないくらい早起きですし、朝からしっかり騎士様たちをご指導されていますよね……?
 だったらあれはなんだったんだ? 前日よく眠れなかったとかですか? それってもしかして私のせいですか? 私がお膝をお借りしてしまったりなんかしたからですかー!?

 ……う、うわー……なんか知ってしまったらいたたまれなくなりそうなので、謎はミステリーのままにしておこう……。ううううう。ごめんなさい、エレウス様……! めっちゃくちゃ今さらですけど!

6日 いつの間にか

 妹たちとルッテラちゃんが知り合いになっていて、しかもびっくりするほど仲良くなってました。お城の羊さまのおせなにダイブするうちに知り合って仲良くなったんだとか……うーん、どっかで聞いたような展開ですね〜。今日も今日とて、妹たちはルッテラちゃんと一緒に羊さまに夢中です。

 妹たちがあまりに羊さまに夢中なので、ついにお父様が動きました。
 王子様と話し合って、イキの良い羊さまを雄雌五頭ずつ故郷に連れて帰ることになったんです。先日の里帰りに付き合ってくださったムートンさんも、羊さまのお世話をするためにご同行される運びとなりました。羊さまがあちらの環境に馴染むまで、羊さまのお世話をしながら故郷の皆さんに飼い方を教えてくださるのだそうです。

 そしてそして大ニュース! その代わりに、というわけではないのですが、一番上の妹のリースがこちらに残ることになりました! 姫様のお世話係として私の手伝いをしてくれるんです。変わらずお城で過ごすとはいえ、やっぱり結婚してしまえば何かと忙しくなるもの。そんなときにリースが手伝ってくれるなら、これほど心強いことはありません!
 故郷に戻ることになったリーナとリーネとリーフとリーズとリーシャはちょっと残念がってましたが、お父様をよろしくねとお願いしたら「任せておいて」と心強い返事。リースが仕事に慣れてくれば交替で里帰りすることもできますし、未来は希望でいっぱいです!

 結婚式に備えて、今日からエレウス様のご両親もお城に滞在されます。ルッテラちゃんのご家族も交えて、なんだかますます賑やかになってきました。本番が近いんだなーって、実感が湧いてきますね!

15日 忙しい忙しい

 一年前よりもさらに忙しい今日この頃です。リースもさっそく仕事を覚えて手伝ってはくれているのですが、やっぱり今回は自分が主役の一人だから? 今までにない忙しさでございます。
 姫様ももちろん、それに気付かないはずはなくて、侍女としての仕事は後回しで良いっておっしゃってくださいます。でもでも私、普段の仕事もやっぱりきちんとこなしておきたいんです。結婚してしまっても、私はずーっと姫様の侍女でいたいんですもの。
 それにそれに、確かにわたくし毎晩ヘロヘロのくったくたですけど、日記も書かずに丸太ん棒のようにぐーっすり眠りについちゃうような有様ですけど、だけど全然つらくないんです。
 大切な人たちに囲まれて、忙しくとも充実した毎日! うーん、最高! 今日も良い夢見れそうです。おやすみなさい!

18日 明日は

 ついに、ついにエレウス様との結婚式です。とてもとても感慨深いです。たった一年ちょっと前なんですよね、私がこのお城に引っ越してきたのは……。なんだかもう、太古の昔のことのようです。

 独身最後の日である今日、エレウス様と私は示し合わせて休暇をいただいて、羊さまののっぱらでデートしました。
 と申しましても、ただただひたすら二人のっぱらのすみっちょに並んで座り込んで、メリーさんの横っ腹に寄り掛かりながらぼけーっとしてただけなんですけどね。抜けるように青い空とふわふわのひつじ雲と、のっぱらを飛びまわるもこもこの羊さまを眺めながら。ほとんどなんの会話もせずに、平和で幸せなひとときを楽しみました。

 うん、私たち、きっと素敵な夫婦になれます。明日も明後日も十年後も五十年後も!

 そして明日は結婚式! ぼんやりまったりモードを切り替えて、明日は張り切って参ります! リーニ・メーメエ最後の大勝負です!
 そんでもってその次からは、リーニ・メーレンベルクとしてがんばるのだ!

 きゃっほーテンション上がってきた! 明日を我が人生最高の日にしてみせます! ええ、してみせますとも! 私がんばります!

19日 最後の一ページ

 この日記帳も最後の一ページになってしまいました。今日でお別れ、そして新たなる旅立ちです。

 今私は、結婚式が終わって家族や姫様から祝福を受けて、お部屋に戻ってきたところ。同じように今ご両親やルッテラちゃんや王子様から祝福を受けてらっしゃるだろうエレウス様をお待ちしているところです。

 本当に、賑やかで愉快な結婚式でした! 永遠の誓いを立てるとき、エレウス様より先にご臨席くださっていた羊さまがお返事されちゃったんです。二人で思わず顔を見合わせて笑ってしまいました。それまでばりばりに緊張していたのもすっぽ抜けてしまって……なんだかプロポーズにお答えしたときのことを思い出しますね。

 式の後の宴も、そんな調子で羊さまがあちこちうろうろしていましたから、必然的に無礼講になってしまいました。リーネもお気に入りの子羊さまを連れてきて、縦横無尽に乗りこなしていました。
 飲み物を注いで回ったり、お料理を運んだりと大活躍だったリーネの将来の夢は「ルッテラちゃんの王子様」だそうです……いったい誰の入れ知恵なんでしょう。
 アヤシイのは皆さんが大笑いしている影で不自然に視線をそらしていた王子様ですが。……や、やりかねない、あの方はやりかねない!

 そんなこんなでいろいろありましたが、今はもう皆さん部屋にお戻りになって、静かな夜がお城を支配しています。窓からは身を寄せ合って眠っている羊さまたちも見えて……あ、今王子様の部屋の明かりが消えました! きっと祝福が終わったのでしょう。そろそろエレウス様がいらっしゃるってことですね。今さらですがちょっと緊張してきました。

 それにしても本当に、私があのエレウス様となんて、人生何が起きるかわからないものです。姫様のお供でこの国にやって来たばかりのときには、一年後にこんなことになるなんて予想もしておりませんでした。
 でも良いんです。私幸せですから! 幸せでいっぱい満杯精一杯ですから!
 これからもずっと、この幸せが続きますように! 見守っていてくださいね、姫様に王子様にお父様に妹たち、天国のお母様、ルッテラちゃん、お城のみんな、そしてそして、我がいとしの羊さまたち!
 みんなに見守られながらずっと幸せでいられるように、私、エレウス様といっしょにせいいっぱいがんばります!

 そんな祈りと決意と共に、この日記帳に日々をつづるのも最後です。いろいろありましたけど、この日記帳につづってきた毎日は今の私にとって本当に大切な宝物です。これからも何度も読み返し、思い返すことでしょう。
 姫様と一緒にこの国に来ることにして、本当に本当に良かった。
 今の私はきっと、世界一の幸せ者ですね!

 せいいっぱいの感謝の気持ちと共に、最後の一行を記します。
 今まで本当にありがとうございました。さようなら!

   リーニ・メーレンベルク