彼女は海の底

 第五十八号保管水槽。
 立ち入り禁止区域の奥の扉には、そう書かれていた。
 もちろん夢だ。僕には立ち入り禁止区域の奥へ入る権限などない。よく音と光を反射する白い無機質な廊下は、僕が普段生活している閉鎖区画と全く同じ作りだ。特に疑問も感じないまま、僕は扉の前に立つ。決して開くはずのない扉は、まるで僕を待っていたように音もなく横へスライドして開いた。その向こうに広がるのは真っ青な水中世界。鳥籠みたいなフレームとガラスで覆われた巨大な水槽だ。
 大小の魚の群れがきらめく群舞を踊り、トビエイの群れが鳥のように頭上を泳いでいく。色とりどりの鮮やかな熱帯魚、鏡のようになめらかに輝く銀色のダイアモンド・フィッシュ、大きな口とぎょろりとした恐ろしげな目のオニカマス《バラクーダ》。思い思いに、けれど一定の規則を守って秩序正しく泳いでいく魚の群れを、ときおり巨大なマンタが突っ切って乱していく。水面から差し込む光が、揺らめきながら彼らの鱗を光らせて、まるで夢のような光景を作り出していた。
 夢のような――そう、もちろん夢だ。扉を開けたらそこは海の中でしたなんて、現実ではもちろんあり得ない。
 夢のような風景の真ん中には、白いワンピースの少女が一人佇んでいた。少女は真っ直ぐこちらを見つめている。イルカみたいに好奇心に満ちた、黒目がちな瞳だ。色素の薄い青白い肌と髪もあいまって、何だか昔|記録映像《ライブラリ》の中で見たベルーガが人間に化けたみたいだった。
「こんばんは」
 僕と目が合った瞬間に、少女は微笑んでふわりと両手を羽ばたかせ、悪戯っぽく口を開いた。
「苦労してるね」
 何の話だとは、問い返すまでもなかった。僕が苦労することといえば、この世に一つしかない。
 僕は小型飛空艇《バード》のテストパイロットだ。十年前に海底から発掘された流体金属と、それをもとに作られた人工筋肉で出来た最新型の戦闘機。鳥のように自由に羽ばたき、状況に応じて翼を硬化させれば航空機のような高速飛行も出来る、というデザインのその戦闘機は、けれど今日までまともに飛び立てたことが一度もなかった。
 問題はなぜそれを彼女が知っているのかだ。夢だから、と言ってしまえば、身も蓋もないのだけれど。
 むっとした表情で黙っている僕の目の前まで、少女はすうっと水をかきわけて泳いできた。間を泳いでいた魚の群れがきらきらと腹を光らせながら見事に二つに分かれ、少女に道を空ける。
「鳥になって、空を泳ぐの。そうしたら、飛べるよ」
 僕の肩に片手を置いてそっと身を寄せた少女は、秘密を打ち明けるように僕の耳にそう囁いた。生まれて初めて触れる同じ年頃の少女の感触に、背中がぞくりと震えた。

 休眠状態にあった僕の意識を、冷酷無比なタイマーがキックする。
 目覚めればもちろん、僕はいつもの殺風景な牢獄に一人きりだ。最初に立ち入り禁止区域に入る権限がないと言ったけれど、一つだけ例外がある。それはこの部屋だ。小型飛空艇《バード》の操作のために作られたヒトガタを、外部から隠しておくための牢獄。そこにだけは、僕は入ることが出来る。自分の意志で出ることは出来ないけれど。
 目覚めた僕を待っているのは、果てしのない実験と失敗の繰り返しだ。パイロットは安い部品ではないから大切にされているけれど、それでも死はいつもすぐ隣にある。
 飛行服に着替えて部屋を後にする。無機質な廊下は夢の中と何も変わるところがない。響く足音も、わざと影を作らないようにしているんじゃないかと思える光の乱反射具合も。
 廊下を抜けると、そこは巨大な鳥籠のような格納庫《ハンガー》だった。垂直離着陸《VTOL》機に分類される小型飛空艇《バード》は滑走路を必要としない。鳥のように羽ばたいて離陸するから、だ。
 実際には小型飛空艇《バード》は小鳥のように小さくて軽いわけではもちろんないから、大型の鳥のように水面を走ったり高い枝の上から飛び降りたり強靱な足で地面を蹴ったりしなければ飛び上がることは出来ない。
 小型飛空艇《バード》が海にいるときには、もちろん水上を滑走すればいい(だから小型飛空艇《バード》は飛空『艇』なのだ)。そして基地から飛び立つ時には、止まり木から飛び降りる。つまり位置エネルギーを運動エネルギーに変換して――いや、この話はいいや。
 ともかく、理論上はそんなふうにして小型飛空艇《バード》はこの鳥籠の中から止まり木と共に海へ落ち込む崖っぷちに押し出され、そこから飛び立つことが出来るはずだった。
 鳥の機構を模した飛空艇の操作はとても複雑で、両手両足で操作する通常のインターフェイスではとても対応出来ない。だから流体金属を神経接続し、飛空艇自体を自らの身体として動かす。飛空艇の構造はほぼ鳥の身体と一緒だ。だから神経接続して飛空艇の頭脳となるパイロットは、自分の身体性を捨て去って鳥にならなければいけない。
 夢の中の少女が僕に言ったのは、当たり前のことだった。今さら口にされるまでもない。でも、ただ――
『準備は良いか、SR-006』
 止まり木の前に立つ僕の頭の中に、偉そうな男の声が響いた。声の主はこの開発計画の総責任者で、つまり僕の後ろ盾でもあるのだけれど、彼に好意を感じたことは一度もない。
「はい」
 とにかく一声でも会話をするのが面倒で、僕はシンプルに二文字で答えた。
『神経接続と|オペレーティング《O》・|システム《S》の最適化は終えている。もしも不具合を感じるところがあれば飛び立つ前に報告してくれ』
 不具合。通常の意味でのそれはとっくに潰されている。地上事務に使われている、とても完成品とは思えないエラーまみれのOSとはそもそもの存在理由が違うのだ。多種多様なテストとシミュレーションを経てここまで来たシステムには、理論上ほとんど致命的な穴はない。
 穴があるとしたら、それは操作する人間――つまり僕だ。そのために小型飛空艇《バード》の神経接続はチューニングを繰り返され、OSも最適化されてきた。それでもまだ、鳥は飛ばない。その魂がまだ人間だからだ。
 梯子を登って小型飛空艇《バード》の背中に立つ。流体金属の背中は鮮やかな青色をしている。それはいつかこっそり侵入したライブラリの中で見た翡翠《カワセミ》という鳥に似ていた。宝石のようにきらめく、鮮やかな青。戦うために作られた道具に過ぎない小型飛空艇《バード》だけれど、しなやかな曲線を描く翼とその青だけはとても綺麗だ。
 僕は一つため息をついて、小型飛空艇《バード》の背中を『開いた』。玉虫の羽にも似た光沢が微かに波打って、水飴のように緩やかに形を変える。したたることなく両側に分かれた流体金属の隙間へ、僕は身体を滑り込ませた。
 作りは普通の戦闘機と変わらない操縦席に座り、ベルトを締め、首の後ろのコネクタに神経接続のためのケーブルを繋ぐ。そのための首枷みたいな鉄の輪が、僕の首にははめられている。いや、実際枷なのかもしれない。逃げだそうとしたら、きっと僕はこの首輪に絞め殺されるんだろう。試してみたことはないけれど。
 そういえば、夢の中の少女にも同じ首輪があった。どこもかしこも白い少女の中で、無骨な黒い首輪は目立っていたはずなのに、全然印象に残っていなかったのが不思議だ。
 そんなことを考えているうちにエンジンが始動し始めていた。普通のエンジン音とは違う、海鳴りのようなどこか遠くから響いてくるみたいな音だ。懐かしい、ような気がする。でもたぶん気のせいだ。僕に『懐かしい』ものなんてない。
『まずは羽ばたきからだ』
 頭の中に響く声が、小型飛空艇《バード》との神経接続に干渉して不愉快だった。
「わかりました」
 答えて、意識を集中させる。自分の身体を忘れる。自分の身体は最初からこの機体だったのだと思い込む。そうしなければ、飛べない。翼の先一つ動かすことが出来ない。理論的には出来るはずだ。自分の背中を切り開くようなあり得ないことだって、そうやって指示してきたのだから。
 意識を小型飛空艇《バード》と同調させれば、もちろん僕の視界は前方のカメラから入ってくる映像と同じになる。巨大な鳥籠。その扉がゆっくりと両側に開いていく。止まり木を両足で掴んだまま、僕はゆっくりと大きな翼を羽ばたかせる。
 ――鳥になって、空を泳ぐの――
 夢の中の少女の声が耳元に蘇る。昨夜の夢をなぞるように。
 そう、その声を聞いた瞬間、僕は鳥に変身『させられた』。
 魔法のように。
 ――あるいは、呪いのように。

 その日の実験は大成功だったと言って良い。僕は大いに称賛され、感謝され、そして枷を強化された。このまま籠の中の鳥が逃げてしまっては困るからだろう。逃げたからといって、僕に行く当てなんてないんだが。
 特に喜びも不満も感じないまま、いつも通り部屋《ケージ》へ戻ってベッドに寝転がった。
 実験が終わって、小型飛空艇《バード》が制式化されたら。そうしたら僕は。
 無意味な思考を断ち切るように、僕は目を閉じる。瞼の裏の闇にゴブラン織りのような奇妙な模様が浮かんでぐにゃぐにゃと伸び縮みする。たぶんまだ酔っているのだ。鳥になり、空を駆ける、その感覚に。
 小型飛空艇《バード》は完成するだろう。でもそれまでには、まだまだ僕は飛ばなくてはならない。
 飛べるなら――飛べる限りは。

  空の向こうに何があるの?

 水底に落ちるように眠りに落ちた思考の中に、ふと歌が流れ込んできた。

  鳥たちの目指す楽園
  常春の聖域
  忘れられたエデンの園

 水面の向こうから光と共に降りそそいでくるような、澄んだ少女の歌声。拙くはない。明らかに訓練を受けたものの歌声だけれど、でもとても自然だ。まるで生まれたときからその歌い方を知っていたように、高い音域にも無理をしている様子がまるでない。
 そんな現実的な分析を流し去ってしまうような清冽な歌声に、僕はふらりと水の奥へ歩き出す。
 また夢だ。彼女が見せる夢。彼女が僕を呼んで、そして彼女が歌う。つまり、この歌を聴かせたいのだろうか。僕は歌になんて興味がないのに。
 そう思っても引き寄せられる足は止まらない。声のする方へ足を踏み出しながら闇の中で一つ瞬きをすると、目の前にまた水が広がった。揺らぐ光と魚の群れ。そして真っ白な少女。彼女が振り向いた瞬間、歌声が途切れる。
 一瞬がっかりしてしまった自分に、僕は驚いた。歌に興味なんてない。そのはずだ。でも彼女の歌は、最後まで聞いてみたかった。
 僕の気持ちには(当たり前のことだけれど)まったくお構いなしに、少女はふわりとこちらへ泳いできた。
「ちゃんと飛べた?」
 少女の問いに、僕は無言で頷く。
「よかった。君なら一緒に飛んでくれると思ってたの。ずっと」
 水槽の中を泳ぐ少女は、そんなことを言って笑う。親しみを込めたその笑みに引き込まれそうになって、僕は思わず視線を逸らした。
「君の名前、教えて」
 あからさまな拒絶をものともせずに、少女は穏やかに続ける。その優しい声は、確かにさっきまでの歌声と同じものだった。
 何て答えれば良いんだろう。
 SR-011500006。それが僕の個体識別番号だ。長いのでSR-006と呼ばれることが多いけれど、それがこの基地における僕の名前だった。
「SR……」
「嘘は嫌い」
 言いかけた番号を、少女はきっぱりと遮る。
「本当の名前を教えて」
 その言葉と視線の強さに、僕は白旗を揚げた。これは勝てる見込みのない勝負だ。だったらさっさと負けを認めてしまった方が良い。
「……アンセル」
 もう何年も……もしかしたら十何年も口にしたことも耳にしたこともない名前を呟く。その名前を聞いた瞬間、少女は笑った。
「わたしはシアラ」
 耳をくすぐる彼女の声も笑っている。魚の群れが近くを通り過ぎて、彼女の髪も笑うように揺れる。
「アンセル。わたしね」
 睦言をささやくときのように、シアラは僕の耳元に顔を寄せた。
「君と、飛びたい」

 その後のテスト飛行でも、僕が落ちることはなかった。だからまだ、僕は生きている。SR-006。それは僕が六番目であることを表した名前。その前に五人の犠牲者がいたことを示す名前だ。
 数ヶ月の時を経て、小型飛空艇《バード》は完成した。テスト飛行用の機体は籠の隅に押しやられ、量産型の母型として開発された機体が今は止まり木にとまっている。性能はもちろんテスト用の機体よりも良い。扱いやすいし、妙な癖もない。テスト飛行の中で発見された問題点をクリアした機体は、きっと小型飛空艇《バード》のためにチューニングされたパイロットでなくても扱うことが出来るのだろう。チューニングされた僕の感覚では予測にしかならないけれど、鳥になることに慣れていない人間でもどうにか扱えそうな代物だと思える。そうしたら無数の鳥たちは空へ飛び立ち、流体金属と一緒に掘り出された人類の敵――全身が水で出来た巨人、神人と呼ばれる古《いにしえ》の怪物と戦うのだろう。
 この機体が完成したら、僕の役目は終わる。
 本当は。僕はシアラと飛ぶことを望んでいるんだ。きっとこの基地の中のどこかにいる、閉じ込められた少女。流体金属と意識を同調させるための能力を持つ、僕らの――ある意味では母とも言えるかもしれない存在。わかっていたことだ。本当は、最初から。
 でも僕にはこの枷を外す術も、夢ではなく現実の中であの水槽に辿り着く力もない。シアラと本当に触れ合うことは出来ないし、あの歌声が僕の鼓膜を本当に揺らすこともない。
 テスト機が用済みになってから、もう僕は夢を見ることもなくなった。それでも僕は焦がれている。僕に触れた彼女の指先。水面から光とともに降りそそぐような歌声。蠱惑的なささやきも、真っ白な肌も、何もかも。
 現実の中で、この手にしたい。

 警報が鳴り渡ったのは真夜中のことだった。僕はベッドに寝転んだまま、大した感動もなくそれを聞いていた。警報が鳴ったからといって僕が自由に動くことは許されないし、指示が出ればそれに逆らうことも許されない。だったら何か命令があるまで動かずにいればいい。正直なところ、何もかもが億劫だった。このまま寝ていて良いのなら、その方が嬉しい。たとえそれで敵か何かに殺されることになったとしても。
『SR-006』
 そんな僕の希望を、無情な通信が打ち砕いた。こんな夜中まで働いているなんて考えてみればご苦労なことだけれど、だからといって同情する気にもなれない。
『出撃準備だ』
 僕はため息をつきながら起き上がる。警報は神人の出現を告げるものではなく、内部で何か問題があったことを示すものだった。それなのに僕が呼び出される理由。『戦闘機パイロットである僕』が、呼び出される理由。
 そんなものは一つだけだ。気が重かった。小型飛空艇《バード》が戦う相手はもちろん神人だけじゃない。
 触れたものすべてを水に変えてしまう海の化け物が神の使いだというのなら、人類は皆海に帰ってしまうべきなんじゃないか。うんざりと格納庫《ハンガー》に向かいながら、僕は投げやりにそんなことを考えていた。

 格納庫《ハンガー》に入った瞬間、僕は鳥が空へ飛び立っていくのを見た。白夜の透明な陽射しを反射して輝く、翡翠《カワセミ》のような金属質の青い翼――籠の隅にうち捨てられていたはずのテスト機だ。籠を飛び出した鳥は、薄暗い青空に向かって矢のように飛んでいく。
『|Aquila《アクイラ》、発進準備完了しております』
『最速で出撃せよ。目標SR-000』
 脳内を流れていく通信に、僕は思わず空を仰いだ。
 SR-011500000。零番目のパイロット。シアラだ。
 わかっていたはずだ。僕は。
 テスト機には武器は搭載されていない。その分少しだけ速く飛べる。でも僕はたぶん追いつける。なぜなら、小型飛空艇《バード》をもっとも上手に操れるのは僕だからだ。
 テスト飛行のときと同じように淡々とコクピットに入り、シートに腰掛ける。僕が準備を整えている間に、小型飛空艇《バード》はいつもよりも性急に止まり木の上へ押し出された。
『Cleared for takeoff.』
 管制官の声に応えて鳥が翼を広げる。行ける場所なんてない。どこにもない。籠の中の鳥は、籠を出て空へ飛び出せば大いなる自然とやらに殺される。
 ――よかった。君なら一緒に飛んでくれると思ってたの。ずっと――
 耳の奥に蘇る少女のやわらかな声。それを蹴りつけるように、僕は止まり木から飛び立った。
 この空は狭い。小型飛空艇《バード》の限界上昇高度はせいぜい15kmで、しかもそんな高い所まで飛ぶことはほとんどない。空気の薄いところでは、翼とエンジンの特性上自由に動くことが出来ないからだ。
 シアラ。水槽から出た魚は生きていけない。籠から飛び立った鳥と同じように。彼女を撃ち墜とすのが僕の役目。暖かな海から吹き上がる上昇気流に乗って、僕は彼女を追う。
 目標は、なじみのあるテスト機の気配は、瞬く間に近づいてきた。カメラと同期された僕の視界が機影を捉える。シアラも僕に気付いたのだろう。射程に入る寸前に、彼女は突然機首を起こして急上昇した。僕もすかさずそれを追う。複雑な虹色を含んだ青が、南に下ってもまだ弱い太陽の光を反射して誘うようにきらめく。機体は人工物でしかないはずなのに、小型飛空艇《バード》は笑っているみたいだった。
 空中でダンスを踊っているように、もつれ合いながら僕たちは飛ぶ。求愛する鳥の気分だ。そう思って、僕も笑った。深い海の中のような暗い青空の中で、僕たちは飛び、そして泳ぐ。
 シアラと飛ぶのは楽しかった。平坦で退屈な日常の中で、これほどの喜びを自分が感じることが出来るなんて思ったことはなかった。たとえ命を狙い、狙われる関係であったとしても。
 彼女もきっと同じことを思っている。その自由奔放な飛び方から、僕はそう確信していた。シアラを撃ち落とそうとする僕の機銃の軌跡さえ、その動きを引き立てるための演出にしか見えない。
 いつまでもこうして、シアラと戯れながら飛んでいたかった。命がけのダンスを、青空の中、二人きりで。
 でももちろん、その願いは叶わない。僕の機銃がシアラの翼を捉えた。手加減したその瞬間にこのダンスは終わると、きっと二人ともわかっていた。躊躇いなんてなかった。だって僕は永遠と同じくらい、その瞬間の歓喜を求めていたのだから。
 機銃の発射スイッチを押す。人の目よりもさらに性能の良いカメラがその軌跡を僕の目に映し出す。軌道は吸い込まれるように翼へ向かい、そして着弾と同時にぱっと青い血が舞い散った。朝露に濡れた花びらのようにきらきらと光を反射しながら、切り離された流体金属が海へと落ちていく。それを追いかけるように、失速したシアラの機体もゆっくりと力を失って重力に身を任せた。
 完全に死んでしまったように機首から落ちていく青い鳥は、けれど途中で翼をすぼめ、速度を上げる。確かな意志を持って、彼女は海へ向かう。獲物を狙う翡翠《カワセミ》のように、真っ直ぐに。
 僕はそれを最後まで見届けて、そして機首を返した。

 僕の話はこれで終わりだ。その後回収された機体の中に彼女の姿はなかったし、僕は今でも小型飛空艇《バード》のパイロットだ。テストパイロットではなく、神人を狩る兵士として、僕は飛び続けている。
 小型飛空艇《バード》の完成によって人類滅亡までの時計は少しだけ巻き戻されたけれど、未だに神人は海を闊歩しているし、陸地は少しずつ海に侵食されている。
 最後に一つ余計な話をするならば、僕は彼女を撃ち墜とした夜、また夢を見た。海に飛び込んだ翡翠《カワセミ》がその羽を脱ぎ捨て、優雅なベルーガに変身して、海の底に消えていく夢を。
 彼女は海の底で、僕は空の上で、今も一緒に泳ぎ続けている。
 そう、僕は信じている。