二月

2日

 ルーイが珍しく深刻そうな顔をしていた。聞いて欲しそうだったので(気は進まなかったが)何があったのかと尋ねたら、「リーニ嬢には絶対に幸せになってもらわなくてはならないのだ」と妙に深刻そうな顔で語り出した。非常にうさんくさかった。
 罪滅ぼしだからどんな手段でもとるとか不穏なことをひとしきり述べた後、今月の視察をなかったことにしてやろうかなどと言うので、本気で一発殴ってやりたくなった。
 騎士団の業務に支障を来すのとミス・メーメエの幸福にどんな因果関係があるのか、私にはさっぱり理解できない。
 その言を撤回させた後、「罪滅ぼし」という言葉が気になったのでどういう意味か尋ねたら、「リーニ嬢がいなかったら私は姫と結婚できなかった。要するにそういうことだよ」と謎かけのようなことを言い出した。ルーイがオーヴィス王国に入ったときには既に例の噂は大きくなっていたはずなのだが……まさか婚約破棄になるまでわざと放置していたとでも言うのか。
 我が国では例の噂などどうせルーイの陰謀だろうと思われているが、オーヴィス王国においてミス・メーメエの名誉が完全に回復しているとは思えない。
 いや、恐らくそうなのだろう。そうでなければあの国の手から姫君を救い出すことは出来なかったはずだ。場合によっては、向こうの国の国王も一枚噛んでいる可能性もある。今さら、どうしようもないことではあるが……
 やはり、一発か二発殴っておくべきだっただろうか。

3日

 ヤン殿に話があると呼び出された。要約すれば、ミス・メーメエの初恋はもはや過去のものである、ということを私に伝えたかったらしい。
 そんなことはわかっているが、わざわざヤン殿が伝えに来るということは……。そんなに私の態度はわかりやすかったのだろうか。思わずその通り尋ねてしまったが、返ってきたのは「むしろ逆かな」という謎の回答だった。私の態度がわかりにくい、という意味の「逆」ではなかったと思うのだが、ではどういう意味かというと理解不能だ。

7日

 視察の準備と調整に奔走している間にいつの間にか数日過ぎていた。羊様を送り出す業務も最近はジオに任せきりだ。羊様の様子を確認するためにも、時間があるときには自分でしておきたいのだが。

11日

 羊様を牧場に帰す業務を遂行。全頭健康に問題はなく、元気な様子。

 ミス・メーメエとは久しぶりに話した気がする。久しぶりすぎて今までどんなふうに話していたのかわからなくなっていた。ミス・メーメエは何かふっきれたように終始にこにこしていたが、どう判断して良いのかわからない。少なくとも今彼女が幸せそうに笑っていられるというのは歓迎すべきことだ。それが私の隣でとなればなおさら。
 ……少しは期待しても良いのだろうか? せめて怖がられてはいないと。

 何にせよ明日からは国境付近へ出張だ。ミス・メーメエの気持ちを確かめるにしても、今月が終わってからでなくては身動きが取れない。

15日

 視察現場に到着。国境を越えた向こうの村との関係は良好。不審者を見かけることもここ数年はないとのこと。国境がほぼ高山地帯であるという国柄もあるが、平和が維持されているのは何よりも尊いことだ。
 駐屯兵で現地の女性と結婚した者は今年は三名。例年より少なかった。進行中の人間関係も含め、持ち帰って来年以降の人事に反映させなければならない。
 毎年思うのだが、こういった情報を収集するには、私は不向きなのではないだろうか。

20日

 王城へ帰還。ルーイの口出しのおかげで(あまりルーイに感謝する気にはなれないが)ミス・メーメエにハチミツしょうが入りの紅茶を振る舞ってもらうことになった。常々姫君に絶賛されているだけあって、確かにミス・メーメエの淹れた紅茶は美味しかった。
 ひとときとはいえ(そしてその場にルーイもいたことは気に入らないとはいえ)、再び旅立つ前にミス・メーメエと過ごす時間が取れたことは幸運だった。
 具体的なことはもちろん訊けなかったが、やはり少なくとも怖がられてはいない、と思う。たぶん。

23日

 視察現場に到着。昨年の不作について訴えがあった通りであったことを確認。帰還後、税の軽減について調整することを約束。
 不作の影響もあってか、結婚した者はなし。ただし個人的な理由で異動を希望しない者は七名。次の人事は少し揉めるかもしれない。頭が痛い。

28日

 夕刻王城に帰着。下書きで良いから今すぐ報告書を提出しろとルーイから命令。帰還までにほぼ書き上がってはいたが、最終確認がまだだったので明日まで待ってくれと訴えたが聞き入れられなかった。
 その後向こう二ヶ月間の業務を全てキャンセルされ、全てルーイが肩代わりすると宣言された。理由を尋ねたところ、「罪滅ぼしのためならば二ヶ月くらいは死ぬ気で働く」といつになく悲壮な表情で語られた。逆に怖い。
 空いた二ヶ月については、ミス・メーメエの里帰りに同行しろとの命令を受けた。事情は聞いたので、そのことに関しては異存はない(仕事の引き継ぎについては大いに言いたいことがあるが)。しかし、これが「罪滅ぼし」になるというルーイの認識が正しいかどうかには疑問が残る。