2日 きゅ?
最近またおかしいのです。最近、と申しますか、例の大事件直後から。
エレウス様のことを考えていると、ふとした瞬間に心臓が「きゅっ」となるんです。
も、もしや、これは……噂に聞く……
いやいやいやいやいや! ダメです! いけません!
そんな無茶なことを考えてしまったらワタクシのセンサイなシンゾウがコッパミジンになってしまいます! しかもそれだけじゃなくていろいろマズイ! むちゃくちゃにロクでもないことが起こる予感です!
あわわわわわわ、いかん、これはいかんことです! いかんともしがたいくらいいかんことです!
走ってきます!!
5日 まずいぞーやばいぞー!
……と思いつつも、いつもどおりにエレウス様に会いに行くことができません。ヤバイ、ヤバイです。そろそろ不審に思われている気がします。
それは嫌! それは嫌〜!
そう思ってるのにわかってるのに、このチキンハートは言うことを聞いてくれません!
遠くに姿を見かけたりふっとお声が聞こえたりするたびに、動悸がどきどきするわ顔に血は上るわ、うっかりすると手足に震えまで来るわ、
なんかもう、エレウス様を笑わせるどころの話ではないのですよ……助けて羊さま!
10日 恨み節っ!
王子様が今日、「リーニは最近エレウスの方を見てることが多いね」とかにやにやしながらおっしゃいました。
なんですかそれ!
確かに最近は結構仲良くさせていただいてますけど! 私まだこのお城に来て一年たちませんから、いろいろお聞きしないといけないことも多いってだけで! いろいろ助けていただいたりフォローしていただいたりしてて、それはそれはありがたいと思ってます、感謝してます。なんとかお礼をしたいと夕方羊さまを送り出すお手伝いもしたりしています。が。
それだけなんです! それだけなんですよ!? しかも最近は夕方の羊さま追い出し大会への参加も控えめになっちゃってますから!
ああもう、変なこと言わないでください! ただでさえ近頃はこうなのに、またさらに意識してしまうじゃありませんか! 見ちゃいけないような気分になっちゃうじゃありませんか! もう、もう、もう、すでにじゅーぶんそれはマズイと思ってるのに! なおさら!
ああああああ、私、明日からどうすれば……!
13日 姫様とお泊まり会
姫様が「明日はお休みをさしあげますから、その代わり今晩はわたくしの部屋に泊まってお行きなさい」とおっしゃるので、お泊まりしてきました。目的はもちろん、一晩中語り明かすこと! です。
てっきり、最近エレウス様に対する私の態度がおかしいことについて聞かれるのかと思っていたのですが、姫様はエレウス様のことには全然触れようとしませんでした。今度開かれる音楽祭のこととか、懐かしのオーヴィス王国のこととか、そんなあまり深刻にならないですむ話題ばかりだったんです。
……もしかしたら、気を遣ってくださったのかもしれません。ありがとうございます、姫様。なんだか、姫様に気を遣っていただいちゃうような、そんな私は情けなくて切ないですけれど、姫様のお心遣いは心の奥底から嬉しくて嬉しくて。私、本当に幸せ者です。
だからこそ。
元気を出したい! 引きずり出したい! 捻り出したい絞り出したい!
こんな、いつまでもぐるぐるしているのは私らしくありません!
明日こそ目指せ復活! 私、がんばります!
13日 追記
今ふと思ったんですけど思ってしまったんですけど、姫様がエレウス様を話題にされなかったのって、もしかしてそれだけ私が深刻そうに見えたからなんでしょうか。今まであれもこれもそれもどれもからかわれ(まくっ)てきたことを思うと……それだけ今回の私は深刻そうってことですか!?
それはヤバイ! ヤバイです!
何がヤバイって、エレウス様に気付かれたら傷つけてしまいそうなところがヤバイです!
絶対誤解される、ぜったい誤解される〜!! こないだのことで私の名誉に傷が付いたとかそんなふうに思われてしまうに決まってるんです! そんなんじゃないんですよ? そんなんじゃないんですよ!? 違うんですエレウス様〜!!
なんてこんなところで盛大にわめいていても仕方ありませんから、自分でどうにかするしかないんですけど。まさか本人の目の前で盛大にわめくわけにもまいりませんし……ああもう、どうしよう……。
……とりあえず、泣きたいです。
18日 再会してしまった!
今日は音楽会だったのです。
そこでわたくし、姫様のお供をしている最中だというのに、思わずがっちがちに固まってしまったのです。
ご出演される楽士様や踊り子様のお一人お一人と、姫様が挨拶されている時のことでした。私、聞いてしまったんです。聞こえてしまったんです!
「お久しぶりです、姫君。再びまみえることができるとは望外の喜び」
その、お優しくも張りのある綺麗なテノール。
ええ、紛う方なく我が初恋の君、楽士のヤン様だったのです。ヤン様がちらりとこちらに視線をやって微笑むものだから、わたくしもう、ばりばりのばきばきのがちんごちんでした。ええ、それはもう、東の国から半年かけてお届けされたおせんべいのごとく。
誰かに助けを求めたくなって姫様の方を見たら、姫様ったら「まあ」とかおっしゃいながらにやりと微笑んでらっしゃるじゃありませんか! すっげー悪い人の笑い方でした。
それでも綺麗です姫様! そんな姫様も素敵! もーわたくしめろめろでございます……今思い返せば、ですけど。……いつもだったら……その場でめろめろになれてたんですが。
でも、今回はダメでした。その時その瞬間の私の頭の中はクエスチョンマークと変なだんだら模様でいっぱい! リーニ・メーメエ大混乱の巻!
その後もパーティーでヤン様と何かお話ししたんですけど、してたらしいんですけど、頭の中が真っ白になってしまって、何をお話ししたのかもよく覚えてない始末。
私、なんでこんなに動揺してるんでしょうね? 自分で自分がわかりません。わたくしの二度と立ち直れないくらいの赤っ恥事件も結局は姫様のお役に立ったわけですし(と姫様はおっしゃってますし)、だからもうあの事件のことは忘れてヤン様とも良いお友だちにならなければと決意していたのに、思っていたのにー! どうしてこう、大人な対応ってやつができないんでしょうか! 情けない!
でも実は一番ショックだったのはエレウス様のことなんです。パーティーの終わり頃にお姿をお見かけしたので、お話ししようと思ったら……目をそらしてどこかへ行ってしまわれた!
お、怒ってるわけじゃない、ですよね? だって理由がないんですもの。理由もなく不機嫌になるような、そういう方ではないと思うんですけど。ああでもでもでも、最近の自分の態度を考えると避けられてもしょうがない気もしますやきもきやきもき。
仲直りしないとです。どうにかして、なんとかして、仲直りしないとなのです! そうしないと私生きていけない! そうです! 一人でぐるぐるしてる場合ではございません! 私がんばります!
19日 会いたい時〜
会いたい人に会えないって寂しいんですね……。
今日は朝からほんとに落ち着かなくて、理由もないのに不安で不安で、エレウス様のお顔を見れば安心できるような気がしてたんですが、休憩時間や仕事の後に会うこともできず、何かの機会にちらりとお姿をお見かけする機会すらもなくて。
なんかもう、わけがわからなくなってしまって、わたくし部屋に戻った後でさめざめと泣いてしまいました。
今日は会えなきゃだめだー! と思って、仕事の後なんか結構必死で探してたんですけど……結局会えずじまい。ほんとにぐだぐだのだめだめになってしまいました。あーあ。どうしてエレウス様のことでまでこんなぐだぐだになってしまうのでしょうか……ああ、でも今はあんまりむつかしいこと考えたくないのです。だってただでさえ頭の中がぐるぐる模様なんですもの。
まだ全然浮上できてません。明日には……もうちょっと落ち着いていると良いのですが。
20日 問題か無問題かといえばそれはもう大問題
エレウス様、昨日はどうやらお城にはいらっしゃらなかったようです。日帰りで辺境警備隊の視察をしてらしたのだとか。
お帰りになった後、私がエレウス様を探していたという噂を聞いたらしく(誰かに相談した覚えも行方を尋ねた覚えもないのになぜそんな噂が!)、わざわざ朝一番に私を訪ねてくださったんです。
「私の不在によって何か問題が発生したのなら教えて欲しい。出来うる限り適切に対処する」
エレウス様は開口一番そうおっしゃいました。
「ももも問題ですか!? いいいいえなあんにも!」
あからさまに動揺した私の返答は、今思い返してもどーしよーもないくらい不自然でした。しかも愛想もそっけもなかった……あああああ! 絶対変だと思われた! 自信を持って断言できますとも。変だと思われたって!
でもでもでもでも、だからって本当のことが言えるはずないじゃありませんか。ただエレウス様にお会いしたかっただけです、なんて……
どこの恋する乙女だ! ありえない、ありえません! ひぃだめ! 恥ずかしい! そんなこと口に出したらハズかしくって死んじゃうー!
真っ赤になって黙り込む私に、エレウス様はおっしゃいました。
「私が不在の間に問題が発生したら、姫かルーイに相談すると良い。私で対処できる程度の問題ならば、お二人がすぐに解決してくださるだろう」
……えーと。それはちょっと……無理だと思いますよ。
もちろん、そんなことは言えませんから、その時は黙ってうなずきました、が。
世の中には、エレウス様でなくては解決できない問題というものも存在するのです。エレウス様じゃなきゃだめなんです。でも、そんなのどうやってお伝えすれば良いやら……。
あっさりクールに立ち去るエレウス様の背中を見送りながら、わたくし思わずため息をついてしまいました。
エレウス様は、本っ当〜に女心というものがわかっていないのです。
でも、私にだってエレウス様のお気持ちはわかりません。
おあいこなのかもしれません……悲しいですけど。
ああもう! いらいら撃退が必要です! 走ってきます!
29日 最近運動熱心だね? と王子様
最近なにかっちゃお城の周りを走りまわっているものですから、ついに王子様からそんな台詞を引っ張り出すことに成功してしまいました。ちっとも嬉しくな〜い!
姫様は姫様で「おかげでちょっとやつれたんですのよ」とかおっしゃるし。
……でも、さすが姫様です。よく見てらっしゃいます。確かにその通りなんです。はからずもダイエットに成功してしまっています。
私、やつれてるー!(がびーん)
だって結局あれからエレウス様とは話もしてないし、つまりやっぱり微妙に避けられてる気がするし、ヤン様は王子様に引き止められてまだお城に逗留してらっしゃるし。ヤン様に王子様に姫様なんて、どうしたってあの赤っ恥事件を思い出さずにはいられない組み合わせじゃありませんか〜。わたくし非常にいたたまれない心持ちでございます。
姫様は「わたくしとルーイが結ばれたのはリーニのおかげなのだから、気にすることなど何もないのよ」とおっしゃってくださいましたけど……でもでも、あの事件は一歩間違えば大惨事だったわけで。
……だめ、ダメです! まだまだまだちょっと平常心で思い出すことができません!
日記に書けるくらいにまで冷静になれたら……とは思うんですけど。
あーもう!
なんかもう、どうしたらこのぐだぐだ状態から抜け出せるのかわからなくって、ひたすらお城の周りをぐるぐる走りまくる毎日です。走ってるうちに何か良いアイディアが天から降ってこないかしら。
ああ、私の愛する天翔る羊さま、どうかちょっと良さげなアイディアを、お空の彼方から投げ下ろしてくださいませんかねぃ?
思わず遠いお空の羊さまに神頼みしちゃうくらい、行き詰まってます。煮詰まってます、切羽詰まってます!
……問題は。何が問題なのか自分でもよくわからない、というところなのだと思います。
う〜ん。これは一度、じっくり自分を見つめ直してみるべきなのかも?