2日
ルーイの妃となるエテルン・メイ・オーヴィス様をお迎えするべく、居室の準備と城中の掃除を行った。城中の興奮が羊様にも伝わっているように感じる。羊様たちにとっては落ち着かない一日だったようだ。
姫君は侍女一人だけを連れておいでになるらしい。ルーイは「彼女は我が国の文化を尊重してくれるつもりなのだ」と言っていた。一日も早く城の者と馴染み、この国の文化を吸収したいとのお考えのようだ。出来うる限りそのご期待に応えるべく、我々騎士も努力せねばなるまい。
先月から私の従者となった騎士見習いのジオのように、嫁入りする姫君がこの国の風習に合わせるのが当然だと思っている者もいるが、歴史を紐解けばそれがどれだけ難しいことかすぐにわかるはずだ。そういった考え方をしていてもらっては困る。ジオにはもっと勉強が必要だ。
[今後するべきこと]
・明日中に城内の清掃を完了し、城外の清掃を開始する。
・ジオに歴代王妃に関する歴史を記した本を渡す。
7日
姫君をお迎えする居室の準備が完了したと女中頭から報告を受けた。城内・庭園の清掃ももう隅々まで終了している。あとは姫君を待つのみだ。
今日は城中を見回って最終確認をしなくてはならなかったので、羊小屋の施錠は従者のジオに交代してもらった。やたらと張り切っていたので逆に心配だったが、問題なく仕事を終えてくれたようだ。
10日
エテルン・メイ・オーヴィス様が到着した。
姫君の侍女が持ってきた荷物で難渋しているにも関わらず、我が騎士団の誰一人として助けを申し出ないので後で全員を集めて説教する羽目になった。こういったことは苦手だ。
とはいうものの、私ももう少しで声をかけそびれるところではあったのだ。衣装箱が自分で歩いてきたのかと我が目を疑っているうちに……。
姫君の侍女殿は見た目はどこにでもいる普通の娘なのだが、どうやら外見から想像されるより遙かに筋力があるらしい。同じ大きさの箱を私も運んだが、重かった。自らの鍛錬不足に恥じ入るばかりだ。
[今後するべきこと]
・婚姻の儀式はシェリープ王国の流儀で執り行うことが決まっているが、オーヴィス王国に外せない儀式があるならば取り入れられるように調整を行う(互いの文化を尊重するためにも)。
・筋力トレーニングのメニューを改善する。
・騎士団の礼法に対する認識を高めるべく、啓蒙を行う。
11日
夕刻、姫君に何か不足しているものなどはないか伺ったところ、「優秀な侍女を連れてきたから大丈夫。不自由はしていない」とのお返事を賜った。帰り際にたまたま廊下でぶつかりそうになった侍女殿にも同じ質問をしたところ、即座に欲しいものリストがエプロンのポケットから飛び出してきた。用意の良いことに品質や産地(ほとんどはどこでも良い、だったが)まで指定されていたので、特に質問をする必要もなく受け取ることができた。少し多めなのは「姫様が不自由を感じられてからでは遅いから」。「心配は無用です、すべて無駄なく使い切ってみせます」と言っていたが、あれだけの大荷物がたった一日で綺麗に片づいていたことから考えても、恐らく彼女は有言実行してくれるのではないかと思う。
[今後するべきこと]
・侍女殿に渡されたリストを女中頭に引き継ぐ。
12日
姫君のために必要な物品を女中頭に頼んで注文。ルーイの妃となる方が国庫を圧迫するような方ではないことに女中頭ともども安堵を覚える。
羊様の様子が少しいつもと違うのが気になる。たった二人が増えただけなのだが、それがこの城に重大な変化をもたらすものであると羊様たちも気付いていらっしゃるのかもしれない。
13日
羊様の囲いが壊れた。逃げ出した羊様たちが城の中へ逃げ込んだので、騎士団全員で捕獲した。引っ越してきたばかりの姫君にはとんだ醜態を見せてしまい、今後のこの城での生活に不安を覚えられたのではと心配でならない。羊様を捕獲するにしても、今日のような大騒ぎになってしまうことは避けなければならないだろう。
[今後するべきこと]
・羊様の囲いを大至急修繕する。
・羊様逃亡の事件でちらかってしまった城の中を片付ける。
・いつの間にか羊様に噛みちぎられていたマントを繕う。
14日
羊様の囲いの修繕はほぼ完了。だが、それでも数頭の羊様は城内が気になってたまらない様子。昨日のように逃げ出した羊様を先頭に、群れになって押し寄せられてはたまらないので、どうしても落ち着かない羊様は夕刻まで城内の散歩を許すことにする。
[今後するべきこと]
・羊様の城内散歩について周知徹底。
・城内散歩中の羊様の安全確保。
17日
付近の農家の子どもたちが城内への侵入を企てていた。たまたま巡回中だった騎士団の一人が悪巧みの現場に居合わせたので今回は未然に防ぐことが出来たが、これから夏にかけて同様の事件は増加するものと考えられる。
[今後するべきこと]
・例年通り城内侵入を企てる子どもたちへの対策強化。
・羊様見学ツアーの宣伝強化。
しかし正規の見学ルートでなく、こっそり忍び込むから楽しい、という子どもたちの気持ちはわからないでもない。私にも覚えはある。するなと言われるとしたくなるものだ。
21日
隣国に大使として赴任していた義兄上が戻っていらした。姉上と姪のルッテラも今日から城暮らしだ。久々だというのに、ルッテラはまたすぐに羊様たちと親友に戻ってしまった。あれだけ羊様になつかれるというのは、やはり生まれついての才能なのだろう。彼女が望みさえすれば、成人後乗羊騎士として騎士団に迎え入れたいものだ。
25日
姫君の侍女と廊下で出くわした。羊様につまずいたのか、廊下に落ちたティーセットの残骸の側で泣いていた。
正直なところ、泣いている女性はどう扱えば良いのかわからない。ルーイなら上手くやるだろうが、私には無理だ。この城はよく子羊様がうろついておられるので、足元や前方に気を付けて歩かなければならないと教えるつもりだったのに、明らかに言い方を間違えた。片付けを手伝ったことに対して礼は言われたが、どうも怯えさせてしまったような気がする。
相談相手としてふさわしくないことは重々承知していたのだが、ついルーイにそのことを漏らしてしまい、若干心が傷つくほどの勢いで大笑いされた。「表情筋を鍛えろ」とも言われたが、今までの経験から考えるとこういう時のルーイの助言はあまり信用に値しない。
[今後するべきこと]
・表情筋を鍛える(ルーイの言を信じるならば)。
28日
ルーイから午後のお茶に出席するよう命令を受け、その席で姫君の侍女を紹介された。名はリーニ・メーメエ。メーメエ家当主は、確かオーヴィス王国一の剣士だったと記憶している。
ミス・メーメエとは何度か会ってはいるものの、会話らしい会話は今日が初めてだ。姫君の身の回りの世話は彼女がほとんど一人で行っているらしい。普段の仕事についてわずかばかり話しただけだが、姫君が安心して何でも任せられると仰っていた通り、頭も要領も良い女性なのだろうと察せられた。
ただ、やはり私はあまり好かれてはいないらしい。背中を向けた時、やたらと鋭い殺気にも似た視線を感じた。この国の筆頭騎士としては、王子の妃となる方の侍女と関係が悪いのは歓迎すべきことではないだろう。何か手を打たなくてはならない。
[今後するべきこと]
・ミス・メーメエとの関係改善に努める。