4日
羊様の散歩により、城内に羊毛がまき散らされて掃除が困難になったと女中たちから苦情を受けた。女中頭・執事を交え、羊様の散歩コースを限定するなどの対策を練ったが、具体的な計画案までは行き着かなかった。
[今後するべきこと]
・羊様の散歩コースを限定するための具体的な方策を検討する。
6日
羊様の散歩コースを限定するための案を騎士団で作成中。しかしなかなかアイデアが出揃わず、今日も女中たちに迷惑をかけてしまった。早急に手を打たねばならない。
[今後するべきこと]
・羊様の散歩対策案を早急に作成する。
8日
ルーイと姫君のご婚礼の式について打ち合わせを行った。会議中ずっとミス・メーメエに凝視されていた気がする。下手に動いたら射殺されそうな勢いだったので、おかげで会議中気もそぞろだった。生きた心地がしない。
会議終了後、当然のようにルーイにからかわれた。あれを恋する乙女の熱い視線だと言い切る奴の……いや、こんな呼び方をしてはいけないな。とにかく、私には王子のセンスがよくわからない。恋する乙女の視線など受けたことはないが、あれがそういった類のものでないことくらいは私にもわかる。
[今後するべきこと]
・さらにミス・メーメエとの関係改善に努める。
10日
客間女中のイーヴァ・イリーネ殿がいつもより盛大に午後のお茶会を催すと言うので、会場設営の手伝いにジオを含む騎士見習いを三人派遣。今回は男子禁制とのことで誘われなかった。正直ほっとしている。女性ばかりのお茶会に出席するとろくな目に遭わない。
14日
ご婚礼の式の準備が佳境。会場設営や荷運び、いつもと違う雰囲気に興奮して城に突入してきた羊様を追い出すなどの作業に深夜まで追われた。慌ただしい一日だったが、仕事終了間際に女中たちから振る舞われたハーブティーのおかげで今は気持ちもすっかり落ち着いている。今夜はよく眠れそうだ。
17日
姫君の婚礼の衣装には、オーヴィス王国で婚姻を祝福する意味のある刺繍が施されるはずだったのだが、直前になってパターンが一つ間違っていたことが発覚。発見したミス・メーメエは刺繍を担当したお針子たちと一緒に、徹夜してでも仕上げると衣装部屋にこもる模様。女中頭は衣装を担当した女中を集め、原因となった仕様書の確認ミスについて厳重に注意していた。
18日
昼前に婚礼衣装の刺繍が完成。徹夜だったはずのミス・メーメエはほんの一時の仮眠で復活し、最後の総仕上げにも参加していた。だがさすがに疲れていたのだろう、前祝いと称した使用人たち主催の夜の食事会には不参加だった。彼女がいないと寂しいと複数人に愚痴られたが、私に言われても困る。とりあえず、疲れているはずだから休ませてやってくれと皆をなだめておいた。
19日
ルーイと姫君のご婚礼の式に筆頭騎士として出席した。隣席がミス・メーメエだったので何か会話をと考えていたのだが、あまりに夢中で姫君のお姿を追っていたので声をかけられなかった。彼女のあまりに素直な尊敬の表情はいっそ眩しいほどだ。その視線を向けられる姫君にとっては、きっと大きな誇りとなっているに違いない。
我が国の伝統では、式の最後に花嫁が投げるブーケを受け取った者が次の花嫁になると言われている。花束を投げる際、姫君がものすごい勢いでミス・メーメエを狙っていたので、思わず周囲から手を出そうとしてくるご婦人方を威嚇してしまった。ミス・メーメエは無事ブーケを受け取ることが出来たが、ブーケの意味はよくわかっていないらしい。とても綺麗で良い匂いがすると笑いかけられて非常に困惑する羽目になった。満面の笑みを向けてもらえたことには(関係改善に努めてきた甲斐があったという意味で)喜びに似た感情を覚えるが、しかし私にはブーケが持つ意味について説明する勇気はない。
ブーケに使われる青い花は秋にも谷間に咲く。だいぶ気に入っていた様子だから、谷間に立ち寄る機会があったら持ち帰って贈るのも悪くはないかもしれない。……さらなる関係改善のためにも。
[今後するべきこと]
・第一王子の婚礼を祝いにやってくる諸国の名士を迎える準備を完了する。
・最近のお祭り騒ぎに興奮気味の羊様が逃げ出さないよう、囲いを強化する。
23日
羊様の囲いの強化が追いつかず、今日も城の中に逃げ込む羊様が続出した。大概の客は羊様につまずいても物珍しさと愛らしさに笑って許してくれているようだが、蹴飛ばされて怪我をされる羊様が出ないとも限らない。
羊様の毛を片付ける女中たちも今日は大変だったようだ。ただ、城中に散らばった羊様の毛は異例のスピードで片付けられた。つい先日、ミス・メーメエがレン木の樹液とウェル蜂の蜜、ウィース油と失敗作の毛糸を使って、軽く撫でるだけで細かい毛をさらってしまえるモップを作ってくれていたからだ。彼女の国では一般的な掃除用具なのだそうで、この国に来た当初から皆に紹介したいとは思っていたらしい。しかし原材料の一つであるソレルトの蜜水が我が国では手に入れにくいものだったため、レン木の樹液が代用品になることを発見し、他の原料の割合を変えて粘度を調整するのに時間がかかってしまったとのこと。
昼前にはまだミス・メーメエが作った試作品一つしかなかったのだが、女中頭がさっさと量産体制を整えてくれたおかげで午後には掃除担当者全員に行き渡っていた。いつものことながら彼女たちの行動力には本当に頭が下がる。
しかしミス・メーメエは仕事が終わってから真夜中に原材料の調合と実験を行っていたと言っていたが……彼女はいったいいつ寝ているんだ?
[今後するべきこと]
・羊様の囲いを至急強化する。
・女中たちが使いやすいようにモップの保管場所を確保する。
・羊様につまずいた客に謝罪して回る。
・羊様に怪我がないか確認する。
24日
モップの保管場所を各階段下の物置に確保。最近羊様の毛の掃除に難渋していた女中たちがこぞって利用している。かなり使い勝手が良いらしく、今日は昨日のように昼食の時間を削って掃除に入るような事態にはならなかったようだ。羊様の毛が飛び散っていても、いつもの掃除と大して変わらない手間で片付くと皆喜んでいる。おかげで、羊様の散歩についても、コースを限定する必要はないと正式に決定された。毛が散らかりさえしなければ、城内をうろつく羊様を愛でるのは皆にとっても喜ばしいことなのだそうだ。天翔る羊様に王家への忠誠を誓った身としては、そう言ってもらえるのは非常に嬉しいことだ。
30日
ルッテラから新しい友人ができたと報告を受けた。羊様とも一緒に遊んでくれるとても素敵なレディ、であるらしい。羊好きな人間に悪い者はいないというのが彼女の信念だ。それは結構なことだが、羊好きな女性と知り合いになるたびに私に結婚を勧めてくるのには、正直少し閉口している。今日も夕食後二時間にわたって「説得」を受ける羽目になった。別に女嫌いというわけではないのだが……ルッテラは私を少し誤解しているのではないかと思う。