第二章 The Guardian of the Garden

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 途中でタスク達とすれ違うことを期待していたのだが、敵もさるもの、というか。しっかり迂回路を取られてしまった。

「すいません、水、欲しいんだけど」
 町が見え始めた頃、ライファはそう言って最後部の小部屋から前の方の座席に声をかけた。外側から鍵をかけられた小部屋は、牢屋代わりのはずなのに何故かトランクや道具箱が置きっぱなしになっている。しかし飲み物の類はどこにもない。
「喉が乾いたんですか? レルティさん、クーラーボックスに水分補給ゼリーが入ってますから、出してください」
 振り向いた白衣の男が助手席の少女に呼びかける。
「……ゼリー……」
 ライファは不満げに復唱する。
「はい、これ。貴重な物資なんだから、大事に飲んでよね」
 少女は運転席と助手席の間に備え付けられているクーラーボックスから銀色のパックを取り出した。こちらを見ながらパックを白衣の男に手渡す。
「すみません、あなたの能力についてはフェルゼン様から聞いていまして。何でも水を使って空間移動する能力があるそうじゃないですか。水を与えたら逃げられてしまいそうですからねえ。ゼリーで我慢してやってください」
 ライファはため息をついてゼリーのパックを受け取った。
「ちぇ。やっぱダメか」
「私達を甘く見ない方がいいわよ。こないだみたいにはいかないから」
 助手席の少女が得意げに言う。
「こないだ?」
「なんか白い粉撒いて爆発させて……」
「ああ、あれかー!」
 ライファはゼリーを一口飲み込んでから小部屋と前の座席を隔てる鉄格子をつかんで身を乗り出した。
「びっくりしたよね、アレ。まさか爆発するなんて思わなくてさ。怪我なかった?」
「迅斗が咄嗟に結界張ってくれたから平気!」
 少女はどこかうきうきとした口調で答える。
「そっか。ごめんね。視界を遮れればいいや、って思っただけなんだけど。なんか思わぬ効果が上がっちゃって」
 助手席の少女が、別にー、とか答えたところで車が止まった。
「ちょうど良いところで会ったね、リーダー。キリュウ ライファを捕らえた。任務完了だ。乗っとくれ。追いつかれると厄介だからね。さっさとずらかるよ」
 前から二列目の席に座っていたアクアが窓を開けて道端に呼びかける。
「ほらノエル、さっさと詰めな。こんな狭くちゃ天理が乗れやしないよ」
「天理は後ろに乗せる」
 冷静でかつ威圧的な声が聞こえた。
「後ろにはお嬢さんが乗ってるんですけど……」
 白衣の男――どうやらノエルと言うらしい――が弱々しく抗議する。
「問題ない。天理が彼女に危害を加えることはない」
「でもちょっと怖いと思うぞ、やっぱり」
 運転席からカイラス――さっき食物を足蹴にした男だ――もぼそぼそと抗議している。
「何? 天理って誰?」
 ライファは好奇心丸出しで前の座席を覗き込む。
「時間がないんだろう。後ろを開けるぞ。アクア、手伝ってくれ」
「仕方ないね」
 アクアがドアを開けて道に降りる。足音が回り込んで、後部のドアの前で止まった。
「逃がすなよ」
「ああ、気をつけるよ」
 逃げる気ないけど、と、ライファは心の中でつっこみを入れる。勝ち目のない賭けに乗る趣味は無い。
 慎重にドアが開けられて、隙間から真っ白な狼が入ってきた。
「かっ……!」
 ライファは思わず瞳を潤ませる。
「大丈夫か、嬢ちゃん」
 カイラスが心配そうに訊ねてくるが、ライファはそれどころではない。優雅にドラムバッグの間に座り込む白狼から目が離せない。
「天理はおとなしいですから、怯える必要なは無いですよ」
 ノエルも心配げに声をかけてくるが、ライファの耳には単なる音の集まりとしてしか認識されない。それどころじゃないのだ。だって。
「かわいー! 白いー! ふかふかしてるー! 嬉しー!」
 駆け寄って背中を撫でると、白狼は嬉しそうに目を細めた。
「……何なんだ、一体」
 鍵をかける音とため息混じりの呟きが同時に聞こえる。
「ね、この子、天理って言うの?」
 ライファはようやく白狼から目を離して後部のドアに向かって訊ねた。正確には、その向こうにいるはずの『リーダー』に。
「ああ、そうだ。アクア、出発するぞ。先に乗ってくれ」
「はいよ」
 なんだか投げやりな返事だったが、今ならどんな無礼でも許せる気分だ。
「天理、私、ライファって言うんだ。よろしくね」
 天理は、まるでライファの言葉がわかっているかのように、目を細めて顔をすり寄せてきた。

 途中のドライブインで運転手をカイラスからアクアに代えて、バンは走り続けた。
「退屈だから、自己紹介でもしない? 私、まだアクアさんの名前しか聞いてないよ」
 天理が寝てしまって退屈したライファは、再び鉄格子につかまって一同に呼びかける。
「囚人はおとなしくしていろ」
 無愛想に答えたのは黒髪の青年だ。
「酷いなー。無理矢理なご招待なんだから、そっちが私をもてなすのは当然の義務なんじゃないの?」
 ライファは半眼になって抗議する。
「別に君の能力から弱点から全部言えって話じゃないんだからさ。名前と所属くらい教えてくれてもいいじゃない。私、どこの誰かもわからない人たちに突然さらわれちゃって不安なんだから」
「不安? そうは見えないな」
「全然見えないわよ」
 ノエルと場所を交代して、今は黒髪の青年の隣に座っている少女が頷いた。
「不安そうにしてたら同情してくれる?」
 青年は心底うんざりした調子でため息をついた。
「俺は七海迅斗。エヴァーグリーン本部所属隊員、七海・チームのチームリーダーを務めている」
「ハヤト?」
 名前を聞いて、ライファは思わず身を乗り出した。額が鉄格子にあたって少し痛かったが、それにはかまわず問いかける。
「君、七海迅斗って言うの?」
「ああ、そうだが」
 興奮した様子のライファに怪訝そうな顔をしながらも、迅斗は律儀に答えた。
「へえ。あんまり似てないんだね」
「……似ていない? どういう意味だ」
 ちらりとこちらを振り向いた迅斗に、ライファは小さく笑う。
「私、君のお兄さんと友達なんだ」
「……兄と、お前が? どこで会った」
 迅斗の眉間には深くしわが刻まれている。
「三年前に、インティリアでさ」
「七海の名をかたるとはいい度胸だな。そいつはどこにいる」
 訊ねるというよりは脅しているような低い声で顔をしかめる迅斗に、ライファは左手と首を横に振った。
「かたってないかたってない。本物だって」
「だが、兄は三年前に死んでいる」
 迅斗はバンが目指す道の先に視線を戻して呟く。
「そりゃ、インティリアの人は死んだって言うかもしれないけど」
 首をかしげて言葉を探す。
「エクスティリアの基準では、君のお兄さん、生きてるよ?」
「何を、訳のわからないことを」
 ライファはため息をついた。この青年は本当に何も知らないらしい。だとしたら、ここで教えてしまうのはまずいのかもしれない。
「私も死んだことになってると思ってたのになあ。フェルゼン、意外としつこいよね」
 そう判断して、ライファはとりあえず話題を逸らした。